〈連想第9回〉
前回まで2回にわたって「アーマッド・ジャマル」をサンプリングしたヒップホップを取り上げました。
今回はその中でも特に、何度も「アーマッド・ジャマル」をサンプリングした「ピート・ロック」を取り上げます。
1991年にデビューしたピート・ロックが、当初デュオとして活動していた「ピート・ロック・アンド・シーエル・スムース」としてリリースした2枚のアルバムはいずれも名曲揃いの名盤ですが、今回はセカンドアルバム「the main ingredient」を取り上げます。
一貫してソウルフルな印象を受けるこの名曲ばかりのアルバムは、ファーストアルバムと並んで、ピート・ロックのプロデューサーとしての名を不動のものにした名盤です。
ピート・ロックはジャマイカにルーツを持つ音楽一家に育ち、父親もDJをやっていました。
音楽家として大成する多くの人は、音楽一家に育ち、小さい頃から英才教育を受けていた、というパターンが多いですが、ピート・ロックもまた、小さい頃から父親がDJしている姿を見聞きし、家には大量のレコードがあったという、ある意味天然の英才教育を受けていたと言えます。
師匠筋の「ラージ・プロフェッサー」直系のスタイルであるピート・ロックの曲は、ソウルフルだったりジャジーだったりネタ感が強い印象ですが、そのネタにフィルターをかけてくぐもらせてヘビーなベースラインで疾走感溢れる黒いビートを生み出すスタイルは、その後のヒップホップの流れの1つを創り出しました。
そんなピート・ロックの自身のデュオ「ピート・ロック・アンド・シーエル・スムース」の金字塔的な1994年の2ndアルバムは、全編に渡って元ネタの素晴らしさが際立つ印象ですが、ほとんどの曲のイントロやアウトロに素晴らしいスキットが挿入されていて、そこにネタやドラムが惜しみなく使われているので、「スキットなのがもったいないなー」と思うと同時に、ピート・ロックの底の深さやこのアルバムのソウルフルな印象や格式を付加する重要なものになっているのだとも感じます。
またピート・ロックは、あまり話題になることがないのですが、DJとしてのスクラッチテクニックもかなりの腕前で、アルバム通して声ネタとして使用される「ビズ・マーキー」「ビッグ・ダディ・ケイン」らのスクラッチもめちゃめちゃかっこよく印象的で、アルバム全体をリアルヒップホップとして格調高いものにしています。
今回はそんな名盤2ndアルバム「the main ingredient」のから、前回取り上げた「it’s on you」を除いた曲から6選します。
1 All The Place
「ドナルド・バード」の「places and spaces」の冒頭を使ったソウルフルで疾走感あふれる曲。
原曲の素晴らしさがうまく活かされた感動的な曲になっています。
ドラムは、この頃多用されていた定番ブレイクビーツ「リトル・フィート」「fool yourself」の冒頭を使っています。
フックの声ネタは「ビズ・マーキー」「vapors」の0:32です。
イントロの声は「ジェームス・ブラウン」の代表的定番曲「big payback」のラスト7:27です。
アウトロのスキットは「クラウン・ハイツ・アフェア」「far out」の1:28です。
〈サンプリング曲〉
2 I Get Physical
「ジョージ・ベンソン」の「face it boy,it’s over」の0:32~を使ったソウルフルでメロディアスな曲。
ジョージ・ベンソンのギターのループが最高です。
印象的な声ネタは、このアルバムで何度も使われている「ジュース・クルー」のレジェンド「ビッグ・ダディ・ケイン・フューチャリング・ビズ・マーキー」「just rhymin’ th biz」の2:13です。
アウトロのスキットは「サンズ・オブ・チャンピオン」「freedom」の8:25です。
〈サンプリング曲〉
3 In The Flesh Ft. Rob-O,Deda
「ロブ・オー」と「ディーダ」をフューチャリングしたメロウでせつなげなトラックが最高な一曲。
↑2と同じ「face it boy,it’s over」の違う個所2:59~からをサンプリング。
これもまたジョージ・ベンソンのギターが泣けます。
サビには定番ネタ「スティーブ・ミラー・バンド」の「space intro」0:22と代表曲「fly like an eagle」0:30がうまくハマっています。
ドラムは、定番化した「イーピーエムディー」「you’re a castomer」の5:03です。(ちなみにこの曲も「fly like an eagle」ネタ)
声ネタは、こちらも「ビッグ・ダディ・ケイン」「just rhymin’ with biz」の1:49です。
イントロのスキットは、「ザ・モダン・ジャズ・カルテット(=MJQ)」「ralph’s ew blues」の冒頭に、この時期多用されていた定番ブレイクビーツ「パワー・オブ・ゼウス」「the sorcerer of isis」を乗せています。ちなみにこのトラックは後に「サダト・エックス」のオリジナル曲として使われます。
アウトロのスキットは、「クール・アンド・ザ・ギャング」「dujii」の冒頭に「アベレージ・ホワイト・バンド」「shoolboy crush」の冒頭のドラムを乗せています。
〈サンプリング曲〉
4 In The House
「キャノンボール・アダレイ」の「capricorn」のライブ盤0:59~を45回転してサンプリングしたネタ使いで有名なアルバムの1曲目。
このアルバムが名盤であることを予感、直感させるようなワクワク感が高まる「デオダート」「september 13」の冒頭ネタに、「ビズ・マーキー」のクラシック「make he music with your mouth,biz」の0:16の声ネタを乗せたイントロのスキットから始まります。
ドラムはこの時期のトレンドブレイクビーツの1つ、「パワー・オブ・ゼウス」「the sorcerer of isis」です。
声ネタは「ア・トライブ・コールド・クエスト」名盤2ndアルバム「low and theory」収録の「verses from the abstract」の0:17と3:17です。
アウトロのスキットは、フェンダーローズの温もりある音色が心地良い「ロイ・エアーズ・ユービクイティ」の名盤「he’s coming」収録の大名曲「ain’t got time」の0:36です。
〈サンプリング曲〉
5 Check It Out
疾走感のある曲が並ぶ中でも最高に疾走感がある、「ヤング・ホルト・アンリミテッド」の「bumpin’on young street」の1:59~を使った曲。
原曲はドラムが鳴りまくっているめちゃめちゃかっこいい曲ですが、ここの部分を切り取ってサンプリングするとはやはり脱帽です。
そして、疾走感あふれるノリノリな曲にもかかわらず切なさを感じるネタ使いにピート・ロックの天才的なセンスを感じます。
声ネタは、またもや「ビッグ・ダディ・ケイン」「just rhymin’ with biz」の1:45です。
〈サンプリング曲〉
6 Searching
シングルリリースもされた、アルバムいち心地良いフワフワソング。
この時期以降のピート・ロックは、ジェイ・ディラなどにも通じるローファイ路線も展開していくことになりますが、その走りとも言えるスムージーな曲です。
「ロイ・エアーズ」のビブラフォンの音色と深く沈んだベースラインが「夏」を感じます。
元ネタは「サンプリングされ王」の一角「ロイ・エアーズ・ユービクイティ」の同名曲「Searching」の0:48です。
アウトロのスキットは、「バマ」「i got love」の冒頭です。
〈サンプリング曲〉
今回はピート・ロックの代表作である名盤2ndアルバムを取り上げました。
同時代のプロデューサーである「ラージ・プロフェッサー」や「ビートマイナーズ」らと並んで、ソウルフル、ジャジーなネタにフィルターをかけて、どす黒いベースと激しめのドラムで疾走する、というヒップホップのトラックの1つの典型を確立させた、まさに金字塔とも言えるアルバムと言えると思います。
いずれピート・ロックに関しては今後、1stアルバムのほか、様々なアーティストのプロデュース曲を取り上げていきたいと思います。
次回は、この2ndアルバム中、初めて聴いたときに感動して衝撃を受けた「all the place」の元ネタである「ドナルド・バード」を取り上げます。
「ドナルド・バード」もまた、「アーマッド・ジャマル」同様ヒップホップにサンプリングされまくっているアーティストですが、元々はジャズメッセンジャーズのトランペッターなどをやっていたゴリゴリのハードバッパーでした。
その後、自らの教え子であった「フォンス・ミゼル」と弟の「ラリー・ミゼル」が立ち上げたプロダクション「スカイハイプロダクション」と組んで、ソウル路線の名盤、名曲を量産しました。
次回は、そんな「ドナルド・バード」のソウル路線から、今回取り上げたネタ曲も含めて5選します。