DJプレミア⑰〈ギャングスター6thアルバム〉9選

ヒップホップ
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〈連想第113回〉

前回はギャングスターの集大成とも言えるベストアルバム「full clip:a decade of gang starr」を取り上げました。

今回はその4年後の2003年にリリースされた、ギャングスターとしての実質最後となった6thアルバム「the ownerz」を取り上げます。※この後もリリースはありますがそのことは後述します。

前回取り上げたベストアルバムがリリースされた1999年はヒップホップがアンダーグラウンドでダークなサウンドから、オーバーグラウンドでイケイケなサウンドへと変貌を遂げていく過渡期に当たりましたが、このアルバムがリリースされた2003年は、既に時代は変わりきっていて、かつてのNYアンダーグラウンドなサウンドはほぼ皆無な状況になっていました。

90年代中期までは、アンダーグラウンドなサウンドのヒップホップがメインストリームだったのに対し、この時期はイケイケでノリノリなサウンドがメインストリームで、アンダーグラウンドなサウンドは言葉通り「アンダーグラウンド」と言うジャンルにカテゴライズされるようになりました。

その中には、その後細分化して「ローファイ」や「チルホップ」などと呼ばれるようなジャジーだったり優しく癒やし系だったりするサウンドや、アブストラクト、エレクトロニカなど様々なかたちのサブジャンルとして確立されていったものがたくさんありました。

ローファイ・チルホップ系の初期の代表格としては「ジェイ・ディラ」「ピート・ロック」「DJスピナ」「ジェイ・ロウルズ」や、我らが日本から「ミツ・ザ・ビーツ」そして故「ヌジャベス」などで、名曲が量産されました。

メインストリームでは、「カニエ・ウェスト」「ジャスト・ブレイズ」「スウィズ・ビーツ」などが席巻し、そして今に続く「サウス勢」による「クランク」がいよいよ台頭してきました。

シーンは完全に世代交代され、「DMX」「ジャ・ルール」「フィフティ・セント」「エミネム」「ディプロマッツ」らや、サウス勢からは「リル・ジョン」「リュダクリス」「ティー・アイ」「リル・ウェイン」などが躍動し、90年代のヒップホップは完全に過去のものになっていました。

そんな時代にリリースされたこのアルバム。

一言で表すと「かっこよすぎる!!」。

自らのスタイルを貫き通す、しかし決して時流を無視しているわけではない、メインストリームもアンダーグラウンドも認識した上で、DJプレミアのサウンドが極まった最高傑作と言って良い素晴らしい作品だと思います。

90年代を彷彿とさせるダークで寒々しい曲もいくつかあれば、アゲアゲチューン全盛の時代の中でシングルリリースしても違和感のない曲もあり、プレミアのスタイルを特徴づける「ツンのめる感」が極まった曲もあり、まさにこのアルバムをもってプレミアのスタイルは完全に完成されたと言えるでしょう。

その後、今に至るまでスタイルはほぼ変わっていないと言ってよいと思います。

このアルバムは、リリースされたとき既に時代が移り変わっていたため、90年代の時のようにもてはやされることはありませんでしたが、プレミアのトラックの完成度が熟練の極みに達し、最高レベルの本物の上質なヒップホップ、プレミアの心が詰まったアルバムだと感じます。

90年代に活躍したアーティスト達が時流に合わせて変貌を遂げていく中、プレミア、ピート・ロック、ジェイ・ディラらは自身のスタイルを貫き、さらなる高みへと押し上げました。

この時代にこのアルバムを出したこと自体に男気を感じますが、残念ながらこれが実質ギャングスター最後のアルバムとなりました。

2006年にはベストアルバム「mass appeal:the best of gang starr」というDVD付きのベストアルバムがリリースされますが、1999年リリースの「full clip:a decade of gang starr」に比べて曲目も少なく、新曲も一曲もなかったためインパクトはありませんでした。

そして2010年グールーが癌により48歳で死去します。

この衝撃と喪失は、ギャングスターとしての活動はもう二度とないことを意味しました…しかし!!

なんと、2019年にギャングスターとしてのニューアルバムがリリースされたのです!!

このことは次回あらためて取り上げます。

永らくこの6thアルバムがギャングスターのラストアルバムとなっていたわけですが、時代に合わせて変化していくことがかっこいいこととされてるなかで、最後まで自身のスタイルとクオリティを貫き通した本当に稀有な存在ではないかと思います。

そんな時代に埋もれた隠れ大名盤6thアルバムから9選します。

1 Skillz

先行シングルとしてリリースされたプレミアらしさ全開の激渋な曲。

このド渋な曲を先行シングルに持ってくるあたりに意気込みを感じますが、前作から更にネクストレベルの高みに達した感が感じられます。

手のこんだチョップ&フリップは健在ながらもだいぶ控えめなことと、ドラムの打ち込み、特にハイハットがそれまでの「チ・チ・チ・チ」ではなくなり間が開くことでよりツンのめり感が増しただけでなく、スカスカビートにも違和感なく溶け込んでいるという、まさに自信のスタイルを貫きながら時流にも合っているという素晴らしいアプローチが示されたのです。

元ネタは「ザ・ミステリアス・フライング・オーケストラ」「shadows」の冒頭です。

ドラムは「エドウィン・バードソング」「rapper dapper snapper」の冒頭です。

声ネタは、プレミア自身のプロデュース曲「ケーアールエス・ワン」「Rappaz R.N.Dainja」1:11です。

〈サンプリング曲〉

2 Capture(Militia Pt.3) Ft. Big Shug,Freddie Foxxx

「ミリシャ」のパート3です。

個人的にこのアルバムのハイライトです。

1990年代のニューヨークアンダーグラウンドの2000年代版とも言うべき、ハーコーで男気溢れるガツンとくるトラックに、パート1と同じく盟友「ビッグ・シュグ」と「フレディ・フォックス」をフューチャーした、激アツでめちゃめちゃかっこいい曲です。

ガッチリハマってるプレミアのスクラッチがまためちゃめちゃかっこ良く、特に最初のサビに入るところ1:00のチャップス(チャープ)などは「このスクラッチできるようになりたい!」と当時憧れました。

元ネタは、プレミアお得意の映画サントラから「エルマー・バーンスタイン」「trapped」の冒頭と0:31です。

車のブレーキ音は、「ザ・ギャップ・バンド」「burn rubber on me」の0:12です。

ドラムは、プレミアがよく使う、ミリシャパート1とも同じな「ガーネット・ミムス」「stop and check yourself」の冒頭です。

声ネタは、何度も登場している声ネタの最定番「ザ・トレチャラス・スリー」「feel the heart beat」の冒頭を使った「パブリック・エネミー」「public enemy no1」の1:32、ギャングスター自身の「f.a.l.a.」ビッグ・シュグのパート0:23、「militia pt1」の0:15、「ny strait talk」の1:19、そして「デ・ラ・ソウル」「much more」の0:40です。

〈サンプリング曲〉

3 Zonin’

↑2と同じくニューヨークアンダーグラウンド路線の、渋く静かでストイックな印象の曲。

シンプルに聴こえて、その実めちゃめちゃチョップ&フリップしています。

声ネタに「mass apeal」を使っていることもあり、「mass apeal」のPVのような吐く息が白く寒々しい冬のニューヨークがイメージされてめちゃめちゃかっこいいです。

元ネタは、お得意の映画サントラから「コールリッジ・テイラー・パーキンソン ft.レオン・ウェア」「the junkies」の0:16です。

声ネタは、「ピッチ・ブラック」「show & prove」の0:45、「オペレーション・ラティフィケイション(NYG’z)」「rotten apple」の2:45、ギャングスター自身の「mass appeal」の0:28、「ナズ ft. DMX」の1:24です。

〈サンプリング曲〉

4 Put Up Or Shut Up Ft. Krumbsnatcha

一時期ギャングスターファウンデーションに所属していた「クラムスナッチャ」をフューチャーした、イントロに続くアルバムの一曲目。

音数が少なく、すき間の多いトラックがクラムスナッチャのラップと相性よくかっこいいです。

元ネタは、「ザ・リムショッツ」「a hot day in harlem」の0:17と、サビで一瞬入る高音のストリングスが誰もが聴いたことのあるお馴染みの映画「サイコ」のテーマ曲である「バーナード・ハーマン」「the murder」の冒頭です。

声ネタは、「クイーン・ラティファ」「wrath of my madness」の0:51と、「ネイチャー」「natures shine」0:40です。

〈サンプリング曲〉

5  Deadly Habits

この曲も「ニューヨーク」を感じさせる、そして最高級に質の高い素晴らしい曲。

オーソドックスかつシンプルな曲調ながら物凄いチョップ&フリップで組み立てられています。

曲の雰囲気、構成、ネタの打ち込み具合が「ナズ」の「2nd childhood」を想起させます。

元ネタは、「スティーブ・グレイ」「beverly hills」の0:07~です。

珍しく声ネタはありません。

〈サンプリング曲〉

6 Peace Of Mine

プレミア節全開の安定してかっこいい一曲。

チョップはしているものの基本ワンループで、声ネタも一種類という、ある意味アルバムいちシンプルかつオーソドックスな曲と言えるかもしれませんが、質の高さはいつもながら。

疾走感とアンダーグラウンド感が満点です。

元ネタは、お得意の映画サントラから「ジョン・バリー」「the ipcress file main title」の0:24です。

声ネタは、盟友「ロイス・ザ・ファイブナイン」のプレミア自身のお気に入り曲「boom」の0:44です。

〈サンプリング曲〉

7  Same Team ,No Game Ft. NYG’z,H.Stax

「エヌワイジーズ」と「エイチ・スタックス」をフューチャーしたシングルカットされた曲。

これ以上ないくらい究極にシンプルな曲ながら、疾走感あふれる縦ノリ必至めちゃめちゃかっこいい曲です。

シンプルなトラックでサビもなく、代わる代わるラップしていくさまはサイファーのような臨場感があり熱くなります。

MVもストリートが舞台で、ゴージャスなスタジオセットやロケで撮影したものよりもリアルなヒップホップを感じて心が熱くなります。

シンプルながら作り込まれたトラックで、これぞまさに職人芸の極みと言える、それでいてストレートでかっこいい最高の一曲です。

元ネタは、「ルー・ロウルズ」「ain’t that loving you」の0:40の一瞬です。

この使いどころ満載の名曲の中、あえてこの箇所を切り取る感性に脱帽です。

小節頭の声は「ジェームス・ブラウン」「say it loud,i’m black and i’m proud」の冒頭です。

良いアクセントになっているかっこいい「ピー」という音は残念ながら元ネタ不明です。

ドラムは、「スタンリー・クラーク」「slow dance」の冒頭ですが、単純なワンループではなくチョップしています。すごいですね。

声ネタは、ウェッサイの「ダブリューシー ft スヌープ・ドッグ、ネイト・ドッグ」「the streets」の0:30。MVには本人も出演しています。

〈サンプリング曲〉

8 Eulogy

アルバムのアウトロを飾る異色曲。

ピート・ロックなどが愛用している伝説のサンプラーSP12で有名な、E-Mu(イーミュー)のプラネット・ファット内蔵音源0:52を使用しています。

5thアルバムのラストに続き、様々なアーティストに「R.I.P(レスト・イン・ピース)」している曲です。

〈サンプリング曲〉

9 Tha Squeeze

「デンゼル・ワシントン」「イーサン・ホーク」主演の2001年の映画「トレーニングデイ」のサントラに収録され、シングルリリースもされた曲で、日本盤のみボーナストラックとして収録されています。

90年代の空気感を感じる激渋なトラックで、チョップしまくりながらワビサビを感じます。

元ネタは「ナンシー・ウィルソン」「walk away」の2:45です。

声ネタは、ギャングスター自身の「full clip」の1:30と「just to get a rep」の0:43、「ココ・ブラバズ(スミフ・ン・ウェッスン)Ft.レイクウォン」「black trump」の0:36です。

〈サンプリング曲〉

今回はギャングスターの隠れ大名盤である6thアルバムを取り上げました。

時流にそぐわない内容ながら、自身のスタイルを貫き通した最高にかっこいいアルバムです。

さて次回は、冒頭でも述べましたグールー亡き後2019年にリリースされた7thアルバムを取り上げます。

6thアルバムから実に16年もの月日が流れ、シーンも何周も回って全く別物となっている中でリリースされた心熱くならざるを得ないアルバムです。