フレデリック・ショパン⑪〈マズルカ 後半〉6選

クラシック
クラシックショパンピアノ

〈連想第86回〉

前回は、ショパンが生涯最も多くの作品を残した「マズルカ」について、パリに来てすぐの頃から、ジョルジュ・サンドとのマヨルカ島療養旅行までの間に書かれたものの中から6選しました。

今回はその後から死の間際までの間の作品から6選します。

ショパンの作品を大雑把に前期・中期・後期に分けると、今回取り上げる期間は後期に当たります。

前期・中期・後期にはっきりとした明確な区分けはありませんが、ポーランド時代からパリに来て間もない頃までが「前期」、パリのサロンなどで一躍時の人となり人気・実力共に絶頂期だった頃から、ジョルジュ・サンドとの生活が始まった頃までが「中期」、ショパンの体調の悪化が表面化し、ジョルジュ・サンドとの生活にも翳りが見え始めた頃からその後サンドとの別れを経て死に至るまでの期間が「後期」、と大雑把にそんな感じに分類されます。

「後期」に当たる時期の作品は一様に、深みや哀愁が増してより円熟し、曲の内容、芸術性などが極まったものが多く、マズルカもその例外ではなかったばかりか、その代表的存在でした。

ことマズルカに関しては、前回も述べたように、後年に進むにつれて死の香りを感じるものが多くなり、現世離れした美しさ、儚さ、哀愁などが漂う神々しい至高の名曲が並びます。

ショパンにとって最も身近で思い入れのあった、ある意味自分のために日記のように書いていたマズルカは、この時期、ショパン全作品の中でも、到達点的な意味合いを持つものとなり、そして最期死の間際に力なくスケッチされた作品68-4をもって絶筆となりました。

そんな後期のマズルカの中から、特に美しく内容的にも重要なものを6選します。

1 マズルカ第33番 ロ長調 作品56-1

とても幻想的で美しい曲です。

ナンバリングが進むごとに内容が洗練されていき、この作品56や次の作品59でその完成形を見ます。

特に中間部1:30~、2:55~はとても神々しい響きで、優しい光が降り注ぐ天国にいるかのようです。

演奏は、ショパンのマズルカで素晴らしい演奏を残している、コルトー、ケンプなどに師事した、トルコの女流ピアニスト「イディル・ビレット」です。

2 マズルカ第36番 イ短調 作品59-1

全マズルカの中でも最も人気が高く著名で、マズルカの最高傑作とも言える曲です。

儚く、美しく、幻想的でもありながら哀愁漂う曲調で、とても内省的かつ高貴なものを感じる曲です。

幻想ポロネーズやバラード4番などにも共通して感じる、当時のヨーロッパの貴族文化の香り立つ高貴なエッセンスが凝縮されているような空気感を感じます。

現世離れした、とても美しく神々しい最高のマズルカです。

演奏は、1965年ショパンコンクールで1位だった、言わずと知れた20世紀を代表する女流ピアニスト、アルゼンチンの「マルタ・アルゲリッチ」です。

このコンクールでアルゲリッチはマズルカ賞も受賞しています。

コンクール時の貴重な映像です。

3 マズルカ第38番 嬰ヘ短調 作品59-3

いずれも傑作と言われている作品59の3つの曲の中で、この曲は民族的な響きがとても色濃い作品となっています。

色濃い民族的響きがものすごく洗練された高貴な響きに融合・昇華された、作品59-1とはまた違ったもう一つのマズルカの到達点とも言える曲です。

演奏は、人気のユーチューバーピアニスト「かてぃん」さんが師事したことでも有名な1985年ショパンコンクール5位だったチュニジア出身の「ジャン=マルク・ルイサダ」です。

4 マズルカ第43番 ト短調 作品67-2

ショパンの作品番号は、あくまで出版した順であって、作曲した順ではないのですが、この曲は絶筆となる作品68-4の1つ前に書かれたもので、死後に出版されました。

そんな時期に書かれた曲にも関わらず、ここに来てとても独創的で斬新な印象深い曲となっていてショパンの才能に唸らされます。

しかしこの曲もまた強烈に死の香りを感じる現世離れした儚い美しさがあり、とらえどころのない曲調となっています。

前回取り上げた作品41-3と並んでマズルカの曲の中でも不思議な雰囲気を持つ曲で、天才としか言いようがない感性を感じざるを得ません。

演奏は、ポリーニやアルゲリッチの師匠でもあったレジェンド、イタリアの「アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ」です。

彫刻のようなアルバムのジャケットから醸し出されるレジェンド感がものすごいです。

5 マズルカ第48番 ヘ長調 作品68-3

ショパンが生前出版しなかった遺作ですが、作曲は20歳前後のものです。

こうやって晩年のものと並べて聴き比べてみると、非常にシンプルで簡素で、悲壮感や哀愁は感じられません。

しかしながら中間部の明るいオベレク調に急に変わる箇所は、とても独特な現代的な響きで、まるで近年の映画音楽のようです。

ドビュッシーらの近代音楽や、往年のハリウッド映画音楽なども飛び越えて、現代のセンス、感覚と直結することがショパンの曲では度々見られますが、この曲の中間部分もそんなふうに感じます。

演奏は、ショパンコンクールなどで審査員も務めた、イタリアの「オラツィオ・フルゴーニ」です。

6 マズルカ第49番 ヘ短調 作品68-4

ショパンの絶筆となった、死の間際に最後に書かれた曲です。

最晩年のショパンは、肺結核による衰弱によりうつ状態になっていたと言われており、ほとんど作曲もできませんでしたが、そんな中で最後の力を振り絞って書かれたのがこの曲でした。

それでもやはり完成させるまでには至らず、死後、ショパンと親交の厚かったチェリストの「オーギュスト・フランショーム」が清書しました。

それを、ショパンの死後多くの遺作を出版したポーランド時代からの親友「ユリアン・フォンタナ」が出版しました。

さらに後年、ピアニスト兼ショパン研究家であったポーランドの「ヤン・エキエル」によりフランショーム=フォンタナ版で抜け落ちていた16小節を復刻し、現在のかたちになりました。(※ユリアンとヤンって銀河英雄伝説を思い出します…笑)

全体に悲壮感漂う鬱々とした曲調の中に時折光が差し込むように希望、あるいはノスタルジックな明るい響きが織り混ざります。

演奏は、マズルカやノクターンなどで柔らかく優しい演奏に定評がある、1990年ショパンコンクールで1位なしの2位だった、アメリカの「ケヴィン・ケナー」です。

今回は、ショパンにとってとても大切だった「マズルカ」の後編と称して、晩年の名作を中心に6選しました。

マズルカはショパンの作品の中でも特別かつ特殊な位置づけのもので、とても内省的で深みがあり味わい深いものばかりです。

さて次回は、ドビュッシー〈ショパン関連曲〉で取り上げた残りのテーマのうち、「ノクターン」を取り上げます。 

一般的なショパンのイメージに最も近い優雅な曲、それがノクターンではないかと思います。