〈連想第38回〉
90年代前半はレゲエ界にとって、黎明期からの一つの流れの終着点的な時期と言えるのではないでしょうか。
サウンド的には、「ズッチャ・ズッチャ」という感じの裏打ちのリズムが、スカ、ロックステディからレゲエへと脈々と受け継がれ、それがレゲエのイメージでした。
しかし90年代後半以降は、この「ズッチャ・ズッチャ」というリズムではなくなり、それまでのdeejayのお経みたいな抑揚のないフロウもそれに合わせて様変わりし、それがメインストリームになっていきます。
そして、一気に世界的なメジャー・ポピュラー音楽となっていくのです。
ただ、そのようなサウンドの変化があっても根底にある精神性というか理念みたいなものは一貫して変わることはなく受け継がれていて、それがレゲエの本当に面白いところだなと感じます。
そして脈々と受け継がれているものの一つとして、レゲエの最大の特徴の1つである「リディム」があります。
リディムの存在は、ラバダブスタイルがレゲエの基本であることの証だと思います。
ラバダブとは、「ラガヒップホップ〈ハードコア編〉」で詳しく触れましたが、セレクターが「ダンス」と呼ばれる屋外イベントで、「ダブ」「バージョン」などと呼ばれる既存曲のインストをかけて、その上で色んなdeejay、シンガーがかわるがわるアドリブでマイクリレーしていくことです。
これは後に、ヒップホップのフリースタイルへと受け継がれていきます。
ただし、ヒップホップとは違い、レゲエの場合はリディムと呼ばれる1つのトラックに対して、色々なアーティストが自身の曲として正規リリースします。
そしてそのリディムは、新しいオリジナルなものもあリますが、60年代や70年代の頃の曲を何度もリバイバルして使うことも多いです。
ヒップホップのサンプリングと違うのは、原曲を原曲のまま切り取って使うのではなく、再演奏、再構築してトラックを作ることです。
そうして、60年代、70年代の曲が何度も何度も繰り返しリバイバルされ、定番として定着して現在まで受け継がれているというわけです。
それでは、「ズッチャ・ズッチャ」なリズムがメインストリームだった最後の時代、90年代前半のダンスホールレゲエから5選します。
1 Buju Banton – Buju Movin(1992)
アルバム「mr.mention」に収録されているシングル曲です。
まさにこの時代のレゲエを象徴しているような王道な一曲。
人気絶頂で勢いに乗ってるブジュ・バンタン。
レジェンドプロデューサー、ドノバン・ジャーメインのレーベル「ペントハウス」の絶頂期。
コクソン・ドットによるレジェンドレーベル「スタジオ・ワン」通称スタワンの定番リディム「collage rock」使い。
どのジャンルのどのアーティストにも言えることですが、超大物へと大ブレイクする前夜のものすごいテンションがこの曲からもひしひしと感じられます。
2 Beres Hammond & Cutty Ranks – Love Me Ha Fi Get(1990)
続いても「ペントハウス」レーベルから。
大御所シンガー「ベレス・ハモンド」と大御所ディージェー「カティ・ランクス」がコラボ曲した、大ヒット定番曲。
カティ・ランクスのアルバム「leathal weapon」に収録されています。
リディムは「love i can feel」ですが、カティ・ランクスの師匠「ジョジー・ウェールズ」の「love i want」のフレーズをカバーもしています。
3 Michael Prophet & Ricky Tuffy – Get Ready(1991)
大御所シンガー、マイケル・プロフェットと、知名度は低いのにめちゃめちゃかっこいいdeejayリッキー・タフィーのコラボ曲。
レゲエって最高!って思わず言いたくなるような楽しさ、幸福感、憂いが混在した素晴らしい曲で、体が自然に動き出します。
4 Shaka Shamba – God Call You(1992)
この時期は知名度の低いにも関わらずすごくかっこいいdeejay達が本当にたくさんいますが、このシャカ・シャンバもその一人。
この時期のかっこいいダンスホールの典型のような曲、「神が君を呼んでいる」。
ヒップホップとかもそうですが、こういうマイナーなアーティストのマイナーな曲なのにめちゃめちゃかっこいい、こういう無数の曲達の存在が、これらのジャンルの底の深さ、奥深さの下支えになっているのだと思います。
5 Bounty Killer – Nuh Have No Heart(1994)
ヒップホップサイドでの活動も多数ある大御所deejayバウンティ・キラーです。
キング・ジャミーズのレーベル「キングストン11」からのシングル曲。
バウンティ・キラーは1994年にデビューした次世代に属するアーティストなので、フロウもこの時代までの典型的なお経スタイルとはだいぶ違っています。
ところでレゲエアーティストはとにかく西部劇にちなんだ名前がとても多いのですが、例をあげると、
●クリント・イーストウッド(そのまま笑)
●リー・バン・クリーフ(そのまま笑)
●ジョン・ウェイン(そのまま笑)
●ジョジー・ウェールズ(クリント・イーストウッド監督主演の映画「ジ・アウトロー」の主人公の名前)
など、他にも色々いますが、このバウンティ・キラーという名も「賞金稼ぎ」的な意味合いで、西部劇を見ているとよく出てくる言い回しです。
この曲は超定番リディム、「スタジオ・ワン」通称スタワンの「far east」です。
ちなみに、ジャマイカで言う「far east」とは、日本のことではなく、セラシアイの国エチオピアのことです。
90年代前半のダンスホールレゲエからごく一部を5選しました。
この時代の名曲は無数にあるので、今後も色々な切り口から別のかたちで取り上げていきたいと思います。
以前も触れましたが、レゲエには「ダンス」と呼ばれる野外音楽イベントの文化が、少なくとも60年代から根付いています。
その「ダンス」を主催するのは、「サウンド」と呼ばれる、移動ライブシステムクルーみたいな存在です。
自前のどでかいスピーカーやアンプを持ち運びセッティングし、主に7インチレコード(近年はCDやMac)でセレクターが曲をかけて観客を踊らせる、または色々なアーティストとラバダブする、そういうクルーのことです。
次回はそんな「サウンド」達による熱気ムンムンな「ダンス」の現場映像を4選します。