すぎやまこういち①〈ドラクエ以前〉5選

Jポップ

〈連想第65回〉

昨日(2020年10月27日)、すぎやまこういち先生が政府から文化功労者に選ばれました。おめでとうございます!

すぎやまこういち先生は日本の宝、国宝です。

私にとって音楽の楽しさ、素晴らしさを教えてくれた心の恩師で、心から尊敬していますし、数えきれないほどの感動をもらってきました。

まもなく90歳を迎えられる今なお現役で活躍されていることをとても嬉しく思っています。

※すぎやまこういち先生は、2021年9月30日、敗血症性ショックのため90歳でご逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

すぎやまこういち先生は、幼少時代から音楽に親しみ、中学生の頃には「将来作曲家になりたい」と思っていたそうです。

東大に進学した先生は、ほぼ独学で音楽・作曲を勉強し、歌謡曲、グループサウンズ、アニメソング、CMテーマ曲など膨大な量の曲を手掛けられましたが、そのベースには「クラシック」がありました。

それが花開いたのが「ドラクエ」だったわけですが、元々は日本歌謡界の大御所・パイオニア的存在で、あの「筒美京平」さんの師匠でもあったなど、日本の歌謡・ポップスを語る上で欠かせない存在でした。

ドラクエについては、次回以降複数回にわたって取り上げていこうと思いますが、今回はまず、ドラクエの至る前までの歌謡曲、アニメソング、CM曲などの中から5選したいと思います。

1 亜麻色の髪の乙女(1968)

前回取り上げたドビュッシーの曲と同名ですが、曲自体は全く関係ありません。

1968年に「ヴィレッジ・シンガーズ」の曲としてヒットし、2002年には「島谷ひとみ」がカバーして、世代を超えたヒット曲となりました。

ただ、実はこの曲には前身があって、1966年に「青山ミチ」が「風吹く丘で」というタイトルでリリースされたもので、タイトルやアレンジは違いますが全く同じ曲です。

「すぎやまこういち」と言えば、先日亡くなったJPOP界の超重鎮「筒美京平」の師匠・先輩に当たる存在でもあり、長く日本の歌謡曲、ポップスにおいて多大な功績を残し、膨大な曲を作ってこられた方で、世間の認知としてのファースインパクトは、「ヒットソングメーカー」であったと思います。

全てを取り上げるときりがなくなってしまうので、まずはヒットソング部門代表として「亜麻色の髪の乙女」をリンクします。

2 ザ・タイガース(花の首飾り)

すぎやまこういち先生は、「ザ・タイガース」の名付け親で、手塩にかけた生みの親的存在であったり、「ザ・ピーナッツ」を手掛けたりと、グループサウンズのパイオニアでもあり、単にヒットメーカーというより、JPOPの礎を築いた偉大な存在でした。

タイガースに関しては、国民的グループサウンズバンドとして一世を風靡し、その存在は今なお誰もが知るところでしょう。

ここでは、そんなタイガースの数々のヒット曲の中から代表して「花の首飾り」を取り上げます。

3 帰ってきたウルトラマン(1971)

すぎやまこういち先生は、アニメや特撮もののテーマ曲もたくさん手がけられています。

その代表が多くに人に耳馴染みがある、この「帰ってきたウルトラマン」です。

他にも有名どころとして「伝説巨神イデオン」や「科学忍者隊ガッチャマン」「サイボーグ009」などがあります。

4 CM曲(レモンスカッシュ)

すぎやまこういち先生はCM曲を2,000曲以上手がけられているそうです。

もはや何が代表曲かとかいうレベルではないですね。

本当のプロ、作曲職人、というような一面があり、それが後のドラクエにも繋がっていったのかなと思います。

有名どころとしては、「キンチョール」「ネスカフェ」などがありますが、代表して「レモンスカッシュ」をリンクします。

5 テーマ曲(ザ・ヒットパレード)

すぎやまこういち先生は、数多くのテーマ曲も手掛けています。

元々はフジテレビの番組ディレクターをやられており、レジェンド番組「ザ・ヒットパレード」を創った人物でもあります。本当に多才でアグレッシブな方です。

その有名なテーマ曲もまた自身で手がけられました。

また、自身がパーソナリティを務めたFM番組「サウンド・イン・ナウ」のテーマ曲も手掛けらていますが、この番組は「カラオケ」という言葉や概念を広く普及させた番組で、ここでも先生の功績が遺されています。

その他にも、日本競馬のファンファーレやクイズ・ドレミファドンなど、多数様々なテーマ曲を手掛けられています。

ここでは、耳馴染みのある「ザ・ヒットパレード」をリンクします。

今回は、この度文化功労者に選ばれた「すぎやまこういち」のドラクエ以前の曲から5選しました。

すぎやまこういち先生の手掛けられた曲は膨大過ぎて取り上げきれませんが、先生のキャリアの集大成にして金字塔、最大の功績とも言えるのはやはり「ドラクエ」をはじめとするゲーム音楽です。

当時、うちの親は驚いて「あのすぎやまこういちがゲーム音楽!?」みたいなことを言っていた記憶があります。

その時はまだ「ドラクエの人」ではなかったんですね。

次回以降は、先生の手掛けられた神がかり的なドラクエの名曲の数々を取り上げていこうと思います。