フレデリック・ショパン⑦〈プレリュード:前奏曲 前半〉6選

クラシック
クラシックショパンピアノ

〈連想第82回〉

ショパンの「プレリュード:前奏曲」は、ドビュッシー〈ショパン関連曲〉の回で取り上げたドビュッシーのほか、ラフマニノフ、スクリャービン、ショスタコーヴィチなどが、ショパンへの敬意と共に作曲しています。

この曲は、24曲からなる小品集で、1分にも満たない短い曲が多く、24曲通しても35~40分程度であるため、全曲通して演奏されることが多い作品集です。

ショパンは、バッハが「平均律クラヴィーア」の前奏曲で24の調性全てを使って作曲したことへの敬意を込めて、それに倣い、挑み、ショパン流に解釈・表現しました。

「エチュード:練習曲」でも調性にこだわって24曲からなる作品集としましたが、同じ調性を使用したり、使われていない調性があったりと、調性の部分に完璧さを求めてはいませんでした。

しかしこの前奏曲では、24の調性全て使用していて、順序も含めて緻密に構成された完璧なものとなっています。

ショパンは終生バッハへの尊敬を公言し、自身の演奏会などの前には必ずバッハの平均律クラヴィーアを弾いたそうです。

ピアノのレッスンの際にも、生徒たちによくバッハを弾かせたといいます。

そんなバッハへの敬意を込めて作られたこのプレリュードは、ショパンのエピソードとして有名な「ジョルジュ・サンドとのマジョルカ島への療養旅行」中に完成しました。

ジョルジュ・サンドは、ショパンを語る上で必ず触れられる、結婚はしなかったものの10年間を共にした伴侶で、このマジョルカ島への旅行は、病気がちだったショパンの健康を回復させることを目的としてサンドが提案したものでした。

しかし、目的とは裏腹に、この旅行によりショパンの体調はより悪化し、その後好転することはありませんでした。

というのも、保養地としても有名で、温暖で静かな環境を期待していたマジョルカ島は、ショパンが旅行した際は寒く雨がちで時には暴風雨になるなど最悪な気候だった上、宿泊場所やピアノの運搬などの関係でトラブル続きで、ショパンは精神的にも疲弊して心身の調子を崩してしまいました。

有名な「雨だれのプレリュード」は、そんな状態の中で書かれた曲としても有名です。

そんな前奏曲は、ショパンの作品中「中期」に当たる作品で、作品に深みや、死の香りみたいなものが感じられるようになってきた時期に当たります。

この現世と霊界の境目を漂うような不思議な美しい感覚は、ショパン以外の作曲家から感じることはありません。

バッハからもモーツアルトからもワーグナーからもドビュッシーからもそういうものは感じません。

言葉で表すのは難しいのですが、そんな一線を超えてしまうような感覚がこの時期以降のショパンの作品には色濃くなっていくように感じます。

今回はそんな「プレリュード:前奏曲」から抜粋して、まずは前半として6選します。

1 プレリュード28番1 ハ長調

24曲の前奏曲の冒頭に相応しい、とても優雅で美しいアルペジオの曲。

戦前のハリウッド映画やディズニー映画なども思い起こさせる、とても近現代的な響きを感じる曲です。

演奏は、コルトー、ケンプなどのレジェンドたちに師事し、現代音楽なども含めた幅広いレパートリーを持つ戦後世代の代表的女流ピアニストである、トルコの「イディル・ビレット」です。

2 プレリュード28番3 ト長調

「左手の練習曲」とも称される、非常にテクニカルながら、「小川のささやき」と呼ばれる明るく美しい曲。

この曲もまた、時代を飛び越えたとても近代的な響きを感じる曲です。

演奏は、旧ソ連(現ロシア)出身の、神童から今や大御所となった「エフゲニー・キーシン」です。

3 プレリュード28番5 ニ長調

「歌にあふれた木々」との素敵な呼称がついている、両手アルペジオの曲。

とても短いながらも美しい曲です。

演奏は、2010年ショパンコンクール3位、2011年ルービンシュタインコンクール及びチャイコフスキーコンクールで共に1位と、輝かしいコンクール受賞歴のある、ロシアの「ダニール・トリフォノフ」です。

4 プレリュード28番7 イ長調

「太田胃散」で耳馴染みのある方も多いのではないでしょうか。

長嶋一茂さんの声が聴こえてきそうです。

コルトーには、「洗練されたマズルカ」とも評された、非常に短くシンプルながらきれいな響きの曲です。

5 プレリュード28番11 ロ長調

マズルカの響きが色濃い、明るい中にも憂いやノスタルジーを感じる優雅な曲。

演奏は、2015年ショパンコンクール4位だった、当時17歳のアメリカの「エリック・ルー」です。

6 プレリュード28番12 嬰ト短調

半音階上昇により聴く者のテンションを上げる優雅でかっこいい曲。

このNO12を含め、これ以降このような狂しく心を揺さぶるタイプの曲が多くなってきます。

演奏は、ショパン弾きの中でもトップの1人、優雅さや気品を最も感じる、ルバートやアルペジオの名手、フランスの天才ピアニスト「サンソン・フランソワ」です。

今回はショパンの「プレリュード:前奏曲」から抜粋して、前半の12番までの中から6選しました。

どの曲もそうなのですが、特にこの「前奏曲」はピアニストによって曲の解釈、演奏が全く異なり、とても個性や特徴が表れやすい作品だと言えるのではないでしょうか。

次回は、そんな「前奏曲」の後半から6選します。