モーリス・ラヴェル①〈後期作品〉5選

クラシック
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〈連想第58回〉

以前取り上げた「ガーシュイン」が教えを請うた3人のうち、前回まで「ブーランジェ」、「ストラヴィンスキー」と取り上げてきましたが、今回からはその最後の1人、フランスの「モーリス・ラヴェル」を取り上げます。(↑の写真にラヴェルと共にガーシュインも写っています。)

「あなたはすでに一流のガーシュインなのに、なぜ二流のラヴェルのなろうとするのですか」との言葉を残して、「ナディア・ブーランジェ」への紹介状を渡したというエピソードが残されています。

ラヴェルは、ドビュッシーサティと並んで、クラシック音楽史上、「フランス」の系譜、存在を創り出した偉大な作曲家です。

クラシック音楽史というのは、それまでは言うなれば「ドイツ音楽史」と言っても過言ではないほど、ドイツがその歴史を築いてきました。

バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、シューマン、ワーグナー、ブラームス、ブルックナーリヒャルト・シュトラウス、皆ドイツ・オーストリアの人達です。

厳密に言うと、この時代は今で言う「ドイツ」という国はなく、広域的にドイツと呼ばれる国の人でした。

歴史の話になるので詳しくは述べませんが、「フランス」という国は今で言う「フランス」とほとんど同じ意味合いですが、当時「ドイツ」というのは、バイエルンやプロイセンなどのたくさんの小国や飛び地で様々な領地を持っている国々の総称であり、前身であった第一帝国に位置付けられる「神聖ローマ帝国」がナポレオンにより解体されて(1806年)、ビスマルク擁するプロイセンのヴィルヘルム1世により第二帝国に位置付けられる「ドイツ帝国」として統一されるまで(1871年)の間は、はっきりした境界線はありませんでした。

そもそも「神聖ローマ帝国」自体が、帝国としての体をなしていなく境界などもない状態で、もとから「ドイツ」という国境でひとまとまりになっているドイツというものはありませんでした。

ドイツの叡智「ゲーテ」も、「ドイツ人、それがどこにいるのか私は知らない」との言葉を残しています。

ハイドン、モーツァルト、シューベルト、ブルックナーなどは、オーストリアの作曲家として位置付けられますが、これも今で言う「オーストリア」という国と同義ではなく、当時は「神聖ローマ帝国」の一部でした。

「神聖ローマ帝国」出身のモーツァルトやシューベルトも実情としてはドイツ人としての素養が強く、実際モーツァルトも手記の中で、「自分はドイツ人」だと自ら記しています。

フランス・パリはそれまでも芸術の都で、ショパン・リスト・ワーグナーなどのほかたくさんの作曲家が活動し、ベルリオーズなどの著名なフランス人の作曲家もいましたが、下地になっていたのはやはりドイツ音楽だったのです。

前置きが長くなってしまいましたが、要はそれまでドイツいっぺん通りだったクラシック音楽史において、「フランス」の音というのが、サティ、ドビュッシー、ラヴェルらによって築かれ確立されたのです。

そんなラヴェルは、ドビュッシーと並んで「印象派音楽」として語られることが多く、実際そのような雰囲気の作品も多いですが、実際のところ作曲の立脚点はドビュッシーとはだいぶ違い、印象派というカテゴリーは馴染まない独自のスタイルを持っていました。

また、「管弦楽の魔術師」との異名も有名で、自分や他の作曲家のピアノ曲をオーケストレーションした名曲がとてもたくさんあります。

また後期に当たる1920年代以降はジャズなどの影響も色濃く、ガーシュインとの作曲年代も完全にかぶっています。

ちなみにラヴェルが62歳で病没した1937年は、ガーシュインが38歳で病没した年と同じ年でした。

そんなラヴェルを、今回から3回に分けて取り上げたい思います。

まず今回は、ジャズや前衛的な雰囲気が漂う後期の作品から5選します。

1 ピアノ協奏曲 ト長調(1931)

ラヴェル最晩年の作品で代表作の1つ。

この曲も「のだめカンタービレ」でかなり知名度を上げた曲の1つではないでしょうか。

この曲に一目(聴?)惚れした「のだめ」が「千秋先輩」とこの曲を一緒に演奏することを夢見て心躍らせる、がしかし、別の女性一流ピアニスト「ルイ」との共演がすでに決まっていた…という展開のあの曲です。

ジャズ的、というか近代的な感覚の曲で、ガーシュインにとても近いフィーリングを感じます。

キラキラした明るく楽しい曲調の中に儚く美しいフレーズがちらほら出てきて胸に迫ります。

ピアノは、毎度インパクトのある服装の「ユジャ・ワン」です。

ユジャ・ワンは、インパクトがあるのは服装だけではなく、並み居るピアニストの中でもかなりの技巧派で、テクニックが卓越しているほか、表現力に関しても表面的ではなく自分の心で表現してくるのが伝わって来るなど、聴くものに強烈なインパクトを残すピアニストだと思います。

指揮は「リオネル・ブランギエ」、演奏は「サンタ・チェチェーリア国立アカデミー管弦楽団」です。

2 ラ・ヴァルス(1920)

「ラ・ヴァルス」と言うとなんかかっこいい感じですが、要はフランス語でただ単に「ワルツ」です。

この曲は、「ヨハン・シュトラウス親子」のウィンナ・ワルツへのオマージュ的に作曲された曲で、まさにその曲想のとおり、ウィンナ・ワルツへのノスタルジー、第一次世界大戦やスペイン風邪などを経て第二次世界大戦へと向かう激動の時代の不穏で不吉な空気感、ヨーロッパ文明の終焉…時代の移り変わりなど色々なことを連想させるとても近代的で前衛的な要素もあるワルツです。

暗く鬱々とした中に、輝かしかった頃の記憶と共に時折眩い光が差し込む…この曲からはそんな印象を受けます。

演奏は、「チョン・ミュンフン」指揮、「フランス放送フィルハーモニー管弦楽団」です。

この演奏、フランスらしさ、ラヴェルらしさが感じられてとても良いです。

3 ボレロ(1928)

ラヴェルの代表曲「ボレロ」もかなり後期に書かれた作品です。

ジルべスターコンサートで頻繁に取り上げられるので、誰もがどこかで聴いたことがあるでしょう。

最後の「ダーー、ダダダダダダ!→パーン!」という感じで年を越した方もいるのではないでしょうか。

言わずと知れたこのボレロは、2種類の旋律をひたすら繰り返し、色々な楽器の音色でどんどん装飾されていくバレエの曲です。

「クロード・ルルーシュ」監督、「モーリス・ベジャール」振付の映画「愛と哀しみのボレロ」も有名です。

指揮は、「ロリン・マゼール」、「フランス国立管弦楽団」による1981年の演奏です。

4 左手のための協奏曲 ヘ長調(1930)

第一次世界大戦で右手を失ったピアニスト「パウル・ウィトゲンシュタイン」の依頼により書かれた作品。

もう一つのピアノ協奏曲とは同時期に並行して作曲されました。

これは、生涯にピアノ協奏曲を2曲残し、その2曲が同時期に作曲され1番と2番の完成・公開の順が逆になったショパンとかぶる現象です。

実際ラヴェルは、この曲を書くにあたって、ショパンの曲などを参考にしたようです。

もう一つのピアノ協奏曲の明るく楽しげな雰囲気とは違い、前衛的で重厚感が漂う印象の曲です。

演奏は、もう一方のピアノ協奏曲と同じく、ピアノが「ユジャ・ワン」、指揮が「リオネル・ブランギエ」、演奏が「チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団」です。

タブレットを見ながら演奏する新時代の演奏スタイルです。

5 子供と魔法(1925)

バレエとオペラを融合させた作品。

オペラと言っても1幕のみで45分前後のコンパクトな構成となっています。

悪さばかりする男の子に家具や動物などが次々に恨み節をぶつけますが、子供を懲らしめている中で、子供が持っている優しさに気づき、ママのもとへ戻してあげて一件落着、というちょっと怖いけど微笑ましいファンタジックな世界観です。

ミュージカルやファンタジー映画の1幕を見ているような感覚を感じます。

指揮は「ロリン・マゼール」、演奏は「フランス国立管弦楽団」です。

今回はクラシック音楽史上、フランスの存在を確立させた1人である、ラヴェルの後期の作品から5選しました。

次回は、「管弦楽の魔術師」と言われたラヴェルが、ピアノ作品をオーケストレーションした作品を取り上げます。