〈連想第61回〉
前回まで数回に渡り取り上げたフランスの「モーリス・ラヴェル」は生涯を通じて、同じくフランスの「エリック・サティ」からの影響を公言していました。
サティは、「ジムノペディ」や「ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)」などのメジャーな曲があるため、ある程度の知名度はあると思いますが、実は音楽史における革命家、超重要人物であるという認識は一般的にはあまりないのではないでしょうか。
ラヴェルの回でも触れましたが、それまでのクラシック音楽史は、ドイツ・オーストリアの音楽史と言ってもよいものでした。
もちろんドイツ以外の音楽家も多数いましたし、パリは常に芸術の発信地でした。
しかし、その様式や作曲技法などは、大雑把にバッハ→モーツァルト→ベートーヴェン→ブラームスと積み上げられ、ワーグナーによって革新されましたが、それらは全てドイツ系のものでした。
サティは、その積み上げてきた伝統とは違う新しい技法(旋法を取り入れ調性を無視した)を編み出したことにより、フランス発の近代的でモダンな響き、淡々として抑揚なく風景的な、全く新しい音楽をクラシック史に打ち立てたのです。
それは、BGM、イージーリスニング、ヒーリングミュージック、更にはアンビエントの祖とも言われ、現代まで息づいています。
それを継承・発展・確立させたのが、ドビュッシーやラヴェルら後進のフランスの作曲家たちでした。
そんなサティは変わり者と言われることが多いのですが、その交友関係は広く、政治活動も行うなど、とても活動的で、作曲についてもかなり意識的に伝統を革新させる気概を持っていたようです。
今回はそんな改革者サティの曲を5選します。
1 3つのジムノペディ 第1曲(1888)
サティと言えばまずはこの曲ではないでしょうか。
3曲からなる小品です。
静かで淡々として、そして愁いを帯びたとても風景的な印象の美しい曲です。
同じフレーズが繰り返される曲で、「ずっと聞いていられる」タイプの曲です。
この曲を聴くと様々な風景が思い起こされます。
パリの街…、郊外の並木…、田舎道で風にそよぐ木々…
どんな風景にもしっくりくる不思議な曲です。
「ジャネット・ジャクソン」を始め、様々なヒップホップ、R&Bの曲でフレーズの使用やサンプリングなどもされている、時代を超えてインスピレーションを与え続けている曲でもあります。
演奏は、サティ弾きといえば真っ先に思い浮かぶ「パスカル・ロジェ」。静かで風景的な演奏が最高です。
サビでメロディーを使ったジャネット・ジャクソンのバージョンもリンクします。
2 ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)(1900)
元々シャンソンとして作られた曲で、それをピアノ演奏したものです。
サティらしい響きの中に、とても美しくメロディアスな旋律があり、いつ何度聴いても感動する、サティの真骨頂的作品。
演奏は同じく「パスカル・ロジェ」です。
シャンソンバージョンもリンクします。
「アニエス・カプリ」という、パリの往年のシャンソン歌手です。
3 グノシエンヌ(1889)
ジムノペディと並ぶサティの代表作。
6曲からなる小作品集ですが、後半の3曲はサティの死後付け加えられたものです。
ジムノペディと雰囲気が似ていて、静かで憂いを帯びている淡々とした曲です。
プーランクが編曲したオーケストラバージョンもあります。
演奏は、サティを主に収録したハンガリーの女性ピアニスト「クラーラ・ケルメンディ」 です。
4 ワルツ・バレエ、幻想ワルツ(1885)
初期の頃のピアノの小品。
それまでのクラシックとは違う、軽やかでお洒落な「フランス」っぽいイメージを感じます。
一方で、ところどころにショパンのマズルカの雰囲気も感じられて、やはりパリの音の源流にはショパンが息づいているんだなとも感じます。
演奏は、これも「クラーラ・ケルメンディ」 です。
5 家具の音楽(1920)
「家具のように生活に溶け込む」ことをコンセプトとした実験的な音楽。
何かをしながら無意識に聴く、ということを前提として、「静かに聴かないで下さい」とサティ自らが言っていました。
BGM音楽のルーツと見る向きもあるようですが、それ以外にもこの音楽は「ループミュージック」のルーツとも言えるかもしれません。
ファンクもレゲエも半世紀先の音楽、ヒップホップもハウスもテクノももちろんまだない、しかしこの曲は完全にループミュージックです。
サティの音楽は、後進の音楽家たちや、前衛音楽・現代音楽よりも時代の先を行っている感があり、今っぽい感覚と言えるかもしれません。
演奏が終わった楽団員が退席しながら演奏するという画期的なライブ映像です。
今回はクラシック音楽をがらっと変えたフランスの奇人サティを取り上げました。
この時代のクラシックはワーグナーが先端の音楽、ワーグナー以降のクラシックは全てワーグナーの影響下にある、というような時代でしたが、それと全く異なる音楽が現れた、という感じでした。
次回は、そんなサティからの影響を公言しているもう一人の人物であり、サティとは友人でもあったドビュッシーを取り上げます。