定番ブレイクビーツ⑩〈Long Red〉12選

ヒップホップ
ヒップホップブレイクビーツ

〈連想第124回〉

定番ブレイクビーツを連続して取り上げています。

今回はヒップホップにおけるサンプリングソースの最定番、最もサンプリングされていると言っても過言ではないロックバンド「マウンテン」の「long red」を取り上げます。

70年代のハードロックを代表するバンド「マウンテン」が、1969年にウッドストックでのライヴ演奏を収録した1972年リリースのアルバム「mountain live」に収録されています。

最もサンプリングされているとは言っても、それはブレイクビーツとしてよりも声ネタとして使用されていることがものすごく多く、気づかないうちに一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

それは、冒頭のドラムに続くイントロのシャウト「Y’out there?
Louder!Well, clap your hands to what he’s doing On tempo, yeah
Yeah」の個所がそれこそ無数にサンプリングされているからです。

今回は声ネタとして使われているものではなく、純粋にドラムのみ使われている曲を取り上げます。

1 Pete Rock & C.L. Smooth – Return Of The Mecca(1992)

「long red」のドラムを多用したプロデューサーとして真っ先に思い浮かぶのが「ピート・ロック」です。

特に名盤1stアルバム「mecca and soul brother」を始めとした初期の作品については、その大部分がロングレッド使いと言っても過言ではないほど多用されています。

他のドラムと重ねたりして、一聴すると気付きづらいものもありますが、この曲「return of the mecca」はストレートにロングレッドが使われています。

この頃の曲は、一聴してすぐに「ピート・ロックだ!」とわかるものばかりですが、その要因の一つとしてこの「ロング・レッド」使いが挙げられます。

2 Public Enemy – Shut ’Em Down(Pe-te Rock mix)(1991)

↑1で述べたピート・ロックによるロングレッド使いの筆頭の一つがこの「パブリック・エネミー」のクラシック「シャット・エム・ダウン(ピート・ロック・ミックス)」です。

様々なドラムにロングレッドを重ねることで、無意識に「この曲ピートロックっぽいな」という雰囲気を醸し出しています。

その他にも、飛ばしたホーン使いやうねるベースラインなど、初期ピート・ロックの典型的なプロダクションであると同時に、この時期以降数年続くヒップホップのトレンドの先駆け的なサウンドとなっています。

3 A Tribe Called Quest – Jazz(We’ve Got)(Re Recording)(1991)

「ア・トライブ・コールド・クエスト」のヒップホップクラシックである2ndアルバム「low and theoly」に収録されているシングル曲のリレコーディング=リミックスです。

「ピート・ロック」プロデュースの「ディーダ」のアルバムに収録されている「nothing more」と同ネタです。

4 Organized Konfusion – Stress(1994)

クイーンズのデュオ「オーガナイズド・コンフュージョン」の名盤2ndアルバムに収録されているシングル曲です。

渋いベースネタながら、「ロング・レッド」により勢いのある印象になっています。

プロデュースは、90年代のヒップホップシーンを牽引したラッパー・プロデューサー集団「D.I.T.C.(ディギン・イン・ザ・クレイツ)」の「バックワイルド」です。

5 Onyx – Punkmotherfukaz(1995)

クイーンズはサウスジャマイカのグループ「オニクス」の、大成功した1stアルバムに続きリリースされた名盤2ndアルバム「all we got iz us」に収録されている短い曲です。

集団がなり系ブームを牽引したオニクスでしたが、このアルバムでもトラックはホラーコア系のディープなものばかりながら、がなりスタイルは健在です。

6 DJ Premir – waaaaaa(2008)

2008年にリリースされた未発表トラック集「Beats That Collected Dust Vol. 1」に収録されている曲です。

正式にリリースされる以前からネットで出回っていたアンリリーストラックを集めてリリースしたものですが、ラップはもちろん入っていなく、簡単なソングは組まれているものの、ミックスもマスタリングもされていないという曲としてのかたちになっていないもので、それが逆にマンガのネームを見るかのような面白さを感じます。

7 Da Phlayva – Geechie Squaw(1993)

以前ブレイクビーツシリーズでも取り上げたサウスカロライナ出身の正体不明のグループ「ダ・フレイヴァ」の激レアEPに収録されている超マイナーな名曲です。

スムージーな極短ワンループトラックで、ラップのフロウからもレゲエのフレイバーを感じます。

個人的にこういうミニマムループタイプの曲はかなり好みです。

8 Natural Elements – Cock It Back(1994)

「エル・スウィフト」や「ミスター・ブードゥー」らを擁するNYのグループ「ナチュラル・エレメンツ」のデビューEP「The EP」に収録されている一曲。

時代を象徴するディープでハーコーな曲でめちゃめちゃかっこいいのですが、「long red」はかなり薄めに使われています。

9 Brane Nubian – Sweatin Bullets(1994)

ニュースクール系グループの一角、「グランド・プーバ」「サダト・エックス」「ロード・ジャマル」からなるムスリム色の強い「ブランド・ヌビアン」の2ndアルバムに収録されている曲。

この頃のトレンドだった遅いBPMにハーコーでホラーテイストな曲で、プロデュースは「ロード・ジャマル」です。

10 The Notorious B.I.G. Ft. Crag mac,G-Dep – Let Me Get Down(1995)

「ショーン・パフィ・コムズ(当時)」のレーベルから売出し中だったラッパー3人のコラボによるハーコーチューン。

この時期のバッドボーイは意図的にポップ路線とハーコー路線の両睨み戦略をとっていましたが、この曲はハーコー路線の中でもかなりハードで知名度の低い曲です。

プロデュースはこの時期ビギーらバッドボーイレーベルの面々を中心にハーコーな名曲を量産した「イージー・モー・ビー」です。

11 Freddie Foxxx A.K.A. Bumpy Knuckles – Call Of The Wild(1993)

DJプレミアやピート・ロック、D.I.T.Cの面々と交流の深い実力派がなり系ラッパー「フレディー・フォックスまたの名をバンピー・ナックル」です。

プロデュースは、そんな盟友「ディギン・イン・ザ・クレイツ」のリーダー「ロード・フィネス」。

時代を象徴するようなトラックで、一聴して「D.I.T.C.」のサウンドだとわかります。

12 ライムスター – イントロ(1993)

初期「ライムスター」は、「スチャダラパー」と同じ系統に属する正統派ニュースクール系のグループで、実際メンバーの「宇多丸」氏も「自分たちがやろうとしてたことをスチャダラパーに先にやられた」と述べています。

この曲はそのスタイルの代表格とも言えるアルバム「俺に言わせりゃ」のイントロで、このアルバムのイメージを総括しているような曲です。

今回はヒップホップにおいてSEや声ネタ、そしてブレイクビーツとして最もサンプリングされていると言ってよい定番中の定番中の定番「マウンテン」の「long red(ライブバージョン)」を取り上げました。

これまで10回にわたり定番ブレイクビーツを取り上げてきましたが、今回で一旦終わりにしたいと思います。

これまで取り上げた以外にも「apache」「funky drummer」「funky president」「all night long」「fool yourself」「it’s your thing」その他まだまだたくさんの定番ブレイクビーツがありますが、これらについてはまたいずれ取り上げたいと考えています。

ヒップホップにおけるブレイクビーツは、ヒップホップという音楽の根幹であり、打ち込みなどの手法もブレイクビーツという根幹がある上に派生して成り立っているものです。

そのブレイクビーツのルーツについては、「ラガヒップホップ〈ハードコア編〉」で詳しく触れていますがジャマイカ移民の「DJクール・ハーク」が既存のレコードのかっこいい部分を繰り返しループさせる「2枚使い」を始めたことにあります。

ジャマイカからNYのサウスブロンクスに移り住んだクール・ハークは、ジャマイカで隆盛していた「ダンス」の文化をサウスブロンクスに持ち込みました。

「ダンス」とは、屋外にスピーカーやアンプ、ターンテーブルなどを設置して、屋外即席ライブを行うものです。

そこで行われていたのが、「ラバダブ」と呼ばれる即興のマイクリレーで、元々あるレコードから歌やメロディーなどを抜いた「ダブ」「バージョン」と呼ばれる言わばカラオケに乗せて代わる代わるたくさんの歌い手が歌うというものでした(カラオケの起源)。

その時に使われた曲で人気のあったもの、かっこいいものなどは、何度も繰り返し使用され、やがて定番となっていきました。

それが1970年代に興隆するダンスホールレゲエの原点であり、それらの曲のことを「リディム」と呼ぶようになります。

一つの同じリディムに乗せてたくさんのシンガー、ディージェイが自分の曲としてリリースしていくスタイルが確立されていきました。

それはまるで大喜利のように決まったお題に対して「自分ならこうする」と表現しあうもので、その伝統は今でも受け継がれています。

ヒップホップの「ブレイクビーツ」とレゲエの「リディム」は似て非なるものではあるものの、根幹にある理念・精神は同じものと言えるのではないかと思います。

次回以降は、そんなヒップホップの先輩格であるレゲエのリディムの中から、「定番」なものを取り上げていきます。