〈連想第106回〉
ヒップホップ界のレジェンドプロデューサー、DJプレミアを連続して取り上げています。
名曲だらけのプレミアですが、そのスタイルが完全に確立し、そのクオリティ、認知度がピークに達したのが90年代中後半でした。
この時期のプレミアの作品は、出す曲出す曲神曲ばかりで、新たなリリースが楽しみで仕方ありませんでした。
これだけ量産していながら、どれもアイデアや創造性に溢れたものばかりで本当に神がかっていました。
その中の代表的なスタイルの一つとして、BPMの遅い、深くてディープでアンダーグラウンドな、まさにNYの地下やゲットーの情景が思い浮かぶドープなサウンド、というものがありました。
これは、ナズの伝説の1994年のクラシックアルバム「イルマティック」が打ち出したスタイルで、当時「ニュースクール」と呼ばれていたBPMが早めのグルーヴ感のあるノリノリなサウンドだったものから、一気にBPMが遅い、シンプルでドープな音へとシーン全体のトレンドが変化していった時期で、まさにその旗頭となったのがプレミアでした。
「イルマティック」に参加したレジェンドプロデューサー達「ラージ・プロフェッサー」「ピート・ロック」「キュー・ティップ」らは、皆一様に、それまでニュースクール系のスタイルだったものが、このアルバムを境に、BPMの遅いドープ系のスタイルへと変わっていきました。
そのサウンドについてもう少し詳しく説明すると、ブレイクビーツをそのまま使うのではなく、ハイハット、スネア、キックに分割して打ち込みなおすことで隙間を生み出すとともにBPMを自在に設定することができるようになリました。
これはニュースクール以前の、当時ミドルスクールと言われていた「ジュース・クルー」のプロデューサー「マーリー・マール」などが、808の打ち込みのかわりにブレイクビーツを打ち込み出したのが始まりの手法をよりシンプルに洗練させたものでした。
時代はめぐるものです。
そんな、ソウルやジャズに留まらず、ロックや映画音楽、クラシックなどあらゆる音楽を掘り起こしてサンプリングすることで、それまで知る由もなかった色々な音楽を教えてくれることにも繋がったプレミアのトラックは、ヒップホップの黄金時代とも言われる90年代のNYスタイルの真骨頂、金字塔、1つの典型であると言えます。
今回は、これらを象徴するような、ディープでドープでハードコアなNYアンダーグラウンドを感じる曲を5選します。
1 The Notorious B.I.G. a.k.a. Biggie Smalls – Ten Crack Commandments(1997)
ブルックリンのレジェンド「ビギー」こと「ノトーリアス・ビー・アイ・ジー」の、死後発売されたアルバム「life after death」に収録されているシングル曲です。
プレミア×ビギーの曲は、リミックスも含めて全5曲ありますが、いずれも名曲で、ビギーの野太い声との相性もバッチリです。
その中でもこの曲は代表曲とも言える曲で、冒頭・フックの声ネタ「パブリック・エネミー」「shut em down」の2バース目の冒頭の「1,2,3,4,5,6,7,8,9」をこすりまくっているところが印象的でめちゃめちゃかっこいいのですが、後にPEから著作権の関係で訴えられてしまいます。
きっちりとビギー(バッド・ボーイ)とプレミアは賠償金も支払い法的に解決したのですが、その後PEとプレミアは個人的にも和解できたそうです。
この手の著作権絡みの訴訟はこの時期特に多く、遊びの延長線上の感覚でやってきたヒップホップがビジネス的にも大きくなってきて、パブリック的な問題を避けては通れなくなってきたのが90年代だったのではないかと思います。
この問題はその後もあとを絶たず、実際に悪質なパクリなども中にはあるのも事実です。
この曲はそんな経緯がありながらも、この時期のヒップホップの音、空気感、それはドープでアンダーグラウンドな雰囲気が極まり、それがメインストリームだった最後の時代の音を象徴するような一曲です。
この曲はポップ路線を推し進めてヒップホップシーンを拡大させていた「パフ・ダディ」自らが、「ぜひこのトラック使わせてくれ!」と懇願したことで実現したものでした。
ポップ路線とストリート路線を両睨みで展開するのが、この頃の1つの典型で、その後大物となっていく「ナズ」や「ジェイ・ズィー」と並んでビギーもそうでした。
そしてその時起用されるストリート代表のプロデューサーはプレミアであることがとても多かったのです。
そんなプレミアのこのトラックは超シンプルな1小節ワンループと腹の底にくるヘビーなキックがめちゃめちゃかっこいいです。
元ネタは、「レス・マッキャン」「vallarta」の冒頭、声ネタは「shut em down」の1:18です。
2 O.C. Ft. Freddie Foxxx – M.U.G(1997)
D.I.T.C.(ディギン・イン・ザ・クレイツ)の一員で、ライム巧者揃いの中でも一際技巧派の「オー・シー」が、プレミアの盟友的存在で男気溢れるキレキレのラップがテンションあがる「フレディ・フォックス」またの名を「バンピー・ナックルズ」をフューチャーした、超高クオリティな一曲です。
ソロ1stアルバム「jewelz」に収録されているシングル曲です。
プレミアのトラックの18番の1つ、1小節目A→2小節目Bパターン。特徴的なのはAとBの音色が全く違うタイプのもので構成されている点です。そして4小節目でアクセント的に耳をひくまた違ったSE的な音が入る、というのが定番パターンです。
この曲はまさにその典型ですが、他には、「グループホーム」「super star」や以前取り上げた「ジェイ・ライブ」「best part」、次に紹介する「バンピー・ナックルズ」「r.n.s.」などのほかたくさんあります。
これは、古くは「EPMD」の「so wacha sayin’」のパターンで、とてもかっこよくてクセになるループパターンの1つです。
この曲はその典型ですが、それだけでなく「鳴り」が本当に素晴らしい曲でもあります。
この鳴りの良さは、この時期のプレミアが楽曲制作をしていた「D&Dスタジオ」のエンジニア「エディ・サンチョ」によるところが大きく、この時期のプレミア作品のほぼ全てを「エディ・サンチョ」が仕上げています。
この最強タッグの時代の「音の鳴り」の素晴らしさがプレミア印を特徴づける一つであり、欠かせないものでした。
「ドン」とお腹に響くバスドラと、破裂音系のスネアの鳴りが最高に気持ちよく、このタッグ独特の音色と言えます。
このような2つの面においても典型的と言える曲の一つがこの曲と言えるのではないでしょうか。
元ネタは、これまた聴いてびっくり、フランス映画音楽のレジェンド「ミシェル・ルグラン」の平和な感じのほっこりソング「the saddest thing of all」の冒頭を使って、このようなアンダーグラウンドでドープな曲となりました。
3 Bumpy Knuckle a.k.a. Freddie Fox – R.N.S.(2000)
続いても「バンピー・ナックルズ」です。
アルバム「industry breakdown」に収録されているシングル曲です。
「バンピー・ナックル」は毎度キレキレで勢いがあるめちゃめちゃかっこいいラッパーで、韻を踏む時のフロウというか声の上ずる感じが「エル・エル・クール・ジェイ」に似ているので、がなり系で勢いがあるLL、みたいな印象を受けます。
「バンピー・ナックル」はとても過小評価されているラッパーだと昔から感じていました。
それは、「ナズ」「ジェイ・ズィー」「ビギー」らは別次元として(知名度的に)、同程度の立ち位置と言える「ジェルー・ザ・ダマジャ」「エム・オー・ピー」のほか「ビッグ・エル」などのプレミアとたくさんの曲を残しているラッパー達と比べると、どうもその人気・知名度が、実力に比べて低いように感じます。
この曲も、いつもにも増してキレキレで男気あふれスキルフルなラップが炸裂していてめちゃめちゃかっこいいながらも、知名度の低い隠れ名曲です。
ちなみにこの12インチ(シングル)のB面は、「ピート・ロック」プロデュース曲で、これまた負けず劣らぬ男気あふれるめちゃめちゃかっこいい曲となっています。
元ネタは、映画サントラから「ジョン・キーティング・オーケストラ」「diamond robbery」の1:52と2:13です。
声ネタは、↑2の「m.u.g.」の0:45と2:09、↑2と同じアルバムに収録されていて同じく「バンピー・ナックルズ」をフューチャーした「win the g」の1:58と4:15です。
4 Special ED – Freaky Flow Remix(1996)
90年前後を中心に、テクニカルなフロウとハンサムなマスクで人気を博した実力派ラッパー「スペシャル・エド」の、3rdアルバムに収録されている曲のプレミアリミックスです。
歴代のプレミアのトラックの中でも屈指のハードで重厚なドス黒く勢いのある曲です。
こういうタイプの曲はプレミアには珍しく、また、ヒップホップ全体を見渡しても意外とこういうタイプの曲はないという、とても個性的で唯一無二の曲です。
この頃のプレミアは鳴り物系のトラックが結構多かったのですが、この曲はその最もたるものと言えます。
図太いうねるベースに、2種類の鳴り物系のうわネタが入ってくる、アドレナリンが出まくりヘッドバンギンせざるを得なくなるめちゃめちゃかっこいい曲です。
プレミアの曲の中でも最高級に隠れた超名曲ではないでしょうか。
残念ながら元ネタは不明ですが、声ネタは、プレミアの代表曲中の代表曲「ジェルー・ザ・ダマジャ」「come clean」の0:55と「エックス・クラン」「varbal papp」の2:51です。
5 Gang Starr Ft. Inspecter Deck – Above The Clouds(1998)
最後は自身のグループ「ギャングスター」の名盤5thアルバム「moment of truth」に収録されている曲です。
プレミアのスタイルが完全に確立されたこのアルバムを象徴するような鳴りの良さ、シンプルに聴こえてとても作り込まれているハイクオリティな一曲です。
うわネタが印象に残るこの曲は、「ウータン・クラン」随一のスキルフルかつ正統派スタイルの「インスペクター・デック」が参加していることもあり、アルバムを代表する一曲となっています。
渋くストイックな雰囲気漂うこの曲は、以前「DJプレミアパート3〈静かで訥々としたアンダーグラウンド〉」で取り上げた「robbin hood theory」などと並び、このアルバムの格調高さを醸し出している、ランドマーク的な曲と言えます。
元ネタは、「ジョン・ダンクワース」「two piece flower」の0:07です。
今回は、プレミアプロデュースの曲から「鳴りの良さ」が際立つものを取り上げました。
鳴りの良さというものは、ヒップホップはもちろん、あらゆる音楽にとって、メロディー、ハーモニー、リズム、音色、などと並んで、とても重要な要素だと感じます。
味覚で言うところの「うまみ」みたいなもので、他のすべての要素を際立たせて、その魅力を引き立てます。
可能であれば高音質、大音量で聴きたいものです。
繰り返しになりますが、これはヒップホップだけでなく、クラシックやひいてはもっとプリミティブな原始的な音楽などにも言える普遍的な感覚の一つだと思います。
さて次回は、DJプレミアの代表曲、定番曲をあらためて取り上げようと思います。
90sヒップホップ好きにとっては言わずもがなな定番曲をあらためて取り上げ、一般的に「プレミアと言えばこの曲」という定番曲を5選してみようと思います。