グスタフ・マーラー 5選

クラシック
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〈連想第93回〉

前回はワーグナーの影響を強く受けた作曲家の一人、ブルックナーを取り上げました。

今回取り上げる「マーラー」は完全にワーグナー→ブルックナーの系譜を継ぐ、オーストリア帝国(現チェコ)出身のユダヤ人の作曲家で、ブルックナーとは直接深い交流がありました。

ワーグナーは「破天荒」、ブルックナーは「真面目」、だとするとマーラーは「気難しい変わり者」、という印象でしょうか。

様々なコンプレックスに苛まされ苦しみが多かったらしく、実際あの精神分析医「フロイト」の診断を受けたりもしています。

しかし、マーラーは多くの人に慕われ、尊敬されていた一面も持っていました。

作曲家としてだけでなく、指揮者としても大成した人物で、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者として活動し、後継のレジェンド指揮者、「ブルーノ・ワルター」や「オットー・クレンペラー」へ多大な影響を与えました。

作曲面では、作風はブルックナーと似ていて、長大な交響曲、陶酔感のある美しい無限旋律や大迫力の重厚な響きなどが特徴的です。

違いといえば、ブルックナーがオルガン奏者ということもあって、荘厳なオルガン的なバロック・古典的な印象だとすれば、マーラーはより洗練されて近代的な印象、そして声楽が多く使われてる、という感じでしょうか。

マーラーもまた長大な曲が多い中、随所随所を切り取ると、とても素晴らしくスッと入ってくるフレーズがたくさんあるので、今回もアニメ「銀河英雄伝説」で使用されたシーンと共に取り上げていきたいと思います。

BGMがほぼ全てクラシック音楽である「銀河英雄伝説」の中でもマーラーの曲はものすごくたくさん使われていて、一つ一つがとても効果的です。

そんなマーラーの曲から厳選して5選します。

1 交響曲第5番 嬰ハ短調 第4楽章(1902)

マーラーで最も有名な曲と言えばこれ、交響曲5番の4楽章、通称「アダージェット」でしょう。

マーラーが最も脂ののっていたウィーン時代に書かれたもので、交響曲自体が演奏機会の多い人気の作品となっています。

5楽章からなる構成のうちの4楽章で、恋人アルマ(後の妻)へのラブソングと言われています。

様々な映画やアニメで使用されているため、どこかで耳にしたことがあるかもしれません。

銀河英雄伝説でも第10話や第21話で「ジェシカとヤン」のテーマ曲的に使われていて、二人のお互いに対する儚い気持ちがうまく表現されています。

この曲がメジャーになったきっかけとしては、ワーグナーの回でも取り上げたイタリアの巨匠「ルキノ・ヴィスコンティ」の映画「ベニスに死す」のテーマ曲として使われたことが大きかったようです。

「トーマス・マン」の同名小説を映画化したもので、ヴィスコンティのドイツ三部作「地獄に落ちた勇者達」「ルートヴィヒ」の間の2作目にあたる作品です。

元々小説ではマーラーをモデルにした小説家が主人公ですが、映画はマーラーをモデルにした作曲家となっています。(とは言えマーラー自身ではありません。ややこしいですが。)

最初から最後まで本当に美しく儚げな曲で、宇宙的な壮大で深遠な響きをも感じます。

演奏は、イタリアの「フランコ・マンニーノ」指揮、「ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団」です。

2 交響曲第3番 ニ短調 第6楽章(1896)

マーラーの交響曲中、約100分という最大の演奏時間を持つ長大な交響曲。

全6楽章からなるほか、アルトの独唱や合唱もあるなど内容もてんこ盛りで、感動的なラストは圧巻です。

ブルックナーの回でも触れた、銀河英雄伝説第1期の最終話である第26話のラストシーン、盟友「キルヒアイス(声:広中雅志)」を失った「ラインハルト(声:堀川亮)」が、キルヒアイスの墓所を訪れ悲壮感と共に戦い続けることを決意する感動的な場面で、第6楽章のラストの箇所が使われています。

ラインハルト「もはや失うものは何もない。なればこそ俺は戦う。お前との誓約を守るため。この胸の乾きを満たす何かを得るため…」

「ダン・ドン・ダン・ドン」と繰り返されるダブルティンパニの音と共に、これまで戦いによって死んでいったたくさんの敵味方双方が、宇宙を背景に浮かんでは消えていき、最後の最後ティンパニの音と共に「キルヒアイス」が大きく浮かんでそして消えていく…

ナレーション(声:屋良有作)「人々の営みに関わりなく、銀河は永遠の時を刻んでいる…」

この曲は、ある意味この長大な物語の最大のハイライトの1つであるこのシーンを、ものすごく感動的なものにしています。

演奏は、2021年に他界されたオランダ出身の巨匠旧「ベルナルト・ハイティンク」指揮、「ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団」です。

ラスト21:00あたりからがアニメ使用箇所ですが、宇宙的で荘厳な響きが圧巻です。

3 交響曲第6番 イ短調「悲劇的」 第3楽章(1904)

4楽章からなる声楽の入っていないオーソドックスなスタイルの交響曲で、この3楽章は、「アダージェット」に通ずるところもある美しく儚い曲です。

銀河英雄伝説では、第13話でラインハルト率いる帝国軍「ケスラー(声:池田秀一)」がかつて将来を約束した元恋人が住む故郷の惑星クラインゲルトへ難しく重要な任務を受けて赴くシーンにこの曲の冒頭が使われています。

その惑星の領主は元恋人の父親で、その父親に対して敵味方どちらにつくか迫るというとても難しく心情的にも複雑な任務の中、元恋人フィーアとの再会もあり、複雑な心情に拍車がかかります。

将来を約束したフィーアとの昔の輝いていた頃の想い出が蘇りますが、すでに結婚して子どももいる、父・戦死した夫・息子の思いを背負って生きる強い意志を持った女性となっていたフィーアと永遠の別れとなります。

ノスタルジックな優しく輝いていた記憶との決別、そんな儚い心情とこの曲は重なります。

演奏は、フィンランドの「レイフ・セーゲルスタム」指揮、「デンマーク国立放送交響楽団」です。

4 交響曲第3番 ニ短調 第1楽章(1896)

再び交響曲第3番、今度は第1楽章の冒頭です。

勇ましく力強いファンファーレ風の曲調で、この長大な交響曲の幕が開けます。

銀河英雄伝説では、オープニングのナレーションのBGMや戦闘シーンなどでよく使われています。

演奏は、ユダヤ系ハンガリー人「ゲオルグ・ショルティ」指揮、「シカゴ交響楽団」です。

5 交響曲第10番 嬰ヘ長調 第1楽章(1911)

妻アルマを想いながら書き、そして完成することなくマーラーが死去したため未完成となった作品です。

曲調は、とても美しくドラマチックな無限旋律が展開され、後年の映画音楽のようです。

この時期のマーラーは妻の不倫疑惑に苦しみ、ほぼ黒だったその相手(結局マーラーの死後結婚)との対面やフロイトの診断を受けるなどしましたが、苦しみから解放されることはなく、敗血症により51歳で人生の幕を閉じました。

楽譜の至るところにアルマへの想いや、その想いが届かないことへの苦しみと思われる記述が書き記されています。

愛する人からの愛が自分ではない他の人に向けられた場合、男性は精神が崩壊して破滅するパターンが多いですが、これは古今東西人種に関わらず同じなのでしょう。

人生、世の中は無情なもので、ワーグナーのようにたくさんの人を裏切り傷つけて自分が幸福になる人生もあれば、裏切られ傷つけられ苦しみながら人生を終える人もいるものです。

そして、この曲の第1楽章の冒頭は、銀河英雄伝説第1期第25話、前回ブルックナーの回で取り上げた、「アンスバッハ(声:井上真樹夫)」が「ラインハルト」めがけてバズーカを発砲するシーンの直前、主君「ブラウンシュバイク」の遺体と共に謁見するシーンに使われています。

この不気味で悲壮感漂うアダージョがこのシーンにピッタリで、この直後、雷鳴のような迫力のあるブルックナーの交響曲第5番の第1楽章へと連続して続き、バズーカが発砲されます。

演奏は、ユダヤ系アメリカ人「レナード・バーンスタイン」指揮、「ウィーンフィルハーモニー管弦楽団」です。

今回は、ワーグナー→ブルックナーの系譜を継ぐマーラーを取り上げました。

次回は、ワーグナーの影響を強く受けた作曲家として挙げていた「ブルックナー」「マーラー」「リヒャルト・シュトラウス」の3人のうちの最後、「リヒャルト・シュトラウス」を取り上げる前に、もう1人別の作曲家を取り上げたいと思います。

それは、フィンランドの「ジャン・シベリウス」です。

「シベリウス」は直接ではないにしろ、やはりワーグナーの影響下にある作曲家で、特にブルックナーの影響は強く、直接的に影響を受け、作風にも共通点があります。

その神々しく神秘的で、ストイックかつ荘厳な作風は、ワーグナー→ブルックナー→マーラーの系譜の終着点的なものと言えると思います。

次回からはそんなシベリウスの作品を前編・後編に分けて取り上げたいと思います。