DJプレミア⑭〈ギャングスター4thアルバム〉9選

ヒップホップ
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〈連想第110回〉

DJプレミアの作品をシリーズで取り上げていますが、その中でも自身のグループギャングスターのアルバムを連続して取り上げています。

今回はギャングスターの、ひいてはヒップホップ史上における歴史的大名盤の4thアルバム「Hard To Earn」を取り上げます。

1994年にリリースされたこのアルバムは、初期プレミアにとって一つのピーク、集大成、完成形と言える作品で、相変わらず渋く玄人好み感がある中で、これぞ「ザ・NYアンダーグラウンド」とも言うべき空気感が満載な、ストイックで知的でこの時代、これからの時代を代表・象徴するサウンドとなっています。

とにかく1994年という年はヒップホップにおいて節目の年で、この年以降と以前で全くサウンドが異なります。

それまではアップテンポでゴリゴリ、又はメロディアスなニュースクール系が主流だったのに対し、一気にBPMが遅くなり、ロービートでストイックでダークでハードコアなサウンドが主流になります。

これはひとえに「ナス」の伝説的クラシックアルバム「Illmatic」が1994年にリリースされたことが最も大きな要因だと思われますが、このアルバムのプロダクションを牽引したのもまたプレミアでした。

プレミア自身にとってもこの1994年は、ギャングスターの4thアルバムのほか、前述のナスの1stアルバム、ジェルー・ザ・ダマジャの1stアルバムなど、数々のクラシックを連発した節目の年で、この年をきっかけに大きく羽ばたいていくことになります。

それまでは「かっこいい曲を作る名プロデューサー」的な位置付けだったのが、押しも押されぬ「業界トップの最高のプロデューサー」的な位置付けになったのです。

これ以降のプレミアは本当に神がかっていて、まさにモーツァルトが天才と呼ばれて革新的な名曲を次々と量産したが如く、出す曲出す曲どれもアイデア満載で最高にかっこよく、そしてそれは膨大な数に及びました。

そして、自身のスタイルを完全に確立したのみならず、更に「チョップ&フリップ」という発展させたスタイルをも打ち出し確立させていく足がかりともなっていくのです。

そんな時期にリリースされた4thアルバムは、基本的には前作「デイリー・オペレーション」で高みに達した「ミニマムループ」を更に洗練させ極めたサウンドとなっています。

前作よりもより音の深みや立体感が増し、NYアンダーグラウンドの空気感や質感のようなものを強烈に感じさせる、心の深い部分にある感情を揺さぶられるような感覚です。

今回は、第97回:DJプレミア①〈激渋すぎるアンダーグラウンド〉で取り上げた「F.A.L.A.」と、第104回:DJプレミア⑧〈黒さ全開のブラックネスを感じるベースネタ〉で取り上げた「Dwyck」「Mostly The Voice」を除いた曲から9選します。

1 Code Of The Street

このアルバムの代表曲と言えば間違いなく12インチでもリリースされているこの曲でしょう。

大定番ドラム「メルビン・ブリス」「synthetic subsutitution 」の冒頭を組み替えて所々に隙間を作り、スクラッチの「こすりネタ」の定番中の定番「ビーサイド」「change the beat」通称チェンビの3:36をスクラッチしたサビがとても印象残る曲です。

ドラムの隙間とチェンビのスクラッチの絶妙なツンのめり感が縦ノリ必至でクセになりますが、この感覚はまさにこの後のプレミアの定番スタイル「チョップ&フリップ」の先駆け的な感覚を感じます。

シンプルなのに(だからこそ)色褪せないギャングスターとしての代表曲の一つです。

上ネタは「モンク・ヒギンス」「little green apples」の冒頭です。

2 Mass Appeal

このアルバムのもう一つの代表曲として、12インチでもリリースされているこの曲もやはり外せません。

ミニマムループの極みと言っていいネタ使いで、このスタイルはこの時期以降のプレミアの十八番になります。

元ネタを聴いてみて、「え?ここ!?」という感じのビックリな部分の一瞬をループさせて、その一瞬の輝きを最大化させるこのスタイルはヒップホップの醍醐味、楽しさが凝縮されています。

プレミアは、この切り取りの美学をこのアルバムで完成させていて、前後してこのタイプの数々の名曲を量産していますが、この曲はその中でも代表格です。

このタイプの曲は、他には、同アルバムの「speak ya clout(1stバース)」「wordz from nutcracher」、「グループ・ホーム」の「livin’ proof」、「ジェルー・ザ・ダマジャ」の「one day」、「ナズ」「i gave your power」などが思い起こされます。

プレミア自身もこの曲はお気に入りのようで、「元ネタはまるでエスカレーターでかかっているような曲だろ」とのコメントを残しています。

ヒップホップアーティストのインタビューを読むと、よくこの「エスカレーターでかかっているような曲」という表現が出てくるのですが、これは「軽くて印象に残らない曲(ブラックミュージックではない)」という意味で使われているようです。

何かわかったようなわからないような表現ですが笑、とにかくプレミア自身にとっても「意表をつくネタ使いだろ?」っていう感じでお気に入りのようです。

個人的にはフュージョン、AOR全開のこの爽やかな元ネタは普通に曲としても大好きで、名曲だなーと感じています。 

そんな元ネタは、「ヴィック・ジュリス」「horizon drive」の3:29の一瞬です。

声ネタは、「ダ・ヤングスタズ」「pass the mic(pete rock remix)」の0:24です。

3 Alongwaytogo

イントロに続くアルバムの2曲目。

このアルバムを印象付ける超アンダーグラウンドな雰囲気がめちゃめちゃかっこいい激渋な一曲。

サビのスクラッチの最後のフレーズ「アンー」という声がダークな雰囲気を醸し出していてクセになります。

元ネタは「クインシー・ジョーンズ」「snow creatures」の0:09と2:33です。

声ネタは「ア・トライブ・コールド・クエスト」のクラシック「check the rhime」からファイフのパート0:58と、キュー・ティップのパートからファイフの「アンー」の声が入るが箇所2:51です。

4 Brainstorm

無機質な鳴り物だけで構成された異色曲。

ベースも一切なく鳴り物のみの珍しいトラックで、ハウスやテクノなどを聴くときのツボに通じる感覚を感じます。

ラップの途中でフェードアウトしていって曲が終わるというのもまた珍しいです。

この時期のプレミアは鳴り物系のトラックがいくつかあり、どれもすごくかっこいいのですが、後年はこの類の曲はあまり作られなくなります。

鳴り物系の多くは元ネタが不明なのが残念ですが、声ネタは、ダブの定番「マイキー・ドレッド」「comic strip」の冒頭です。

5 Comin’ For Dattaz

アルバムの最後を飾るド渋ながらも自然に体が動くダンサブルな曲。

ド定番ドラム「ジ・エモーションズ」の冒頭をミニマムループしてノリノリで縦ノリ必至の曲になりました。

この黒い縦ノリ感はブラックミュージックならではだなーと唸らされます。

ループ音楽の極みと言ってよいでしょう。

声ネタは、こちらは擦りネタの大定番「ラン・ディー・エム・シー」「here we go(live at the funhouse)」の1:03です。

6 Speak Ya Clout

前回3rdアルバムで取り上げた「i’m the man」の続編的な曲で、「ジェルー・ザ・ダマジャ」、グループホームの「リル・ダップ」、「グールー」の3人がマイクリレーします。

トラックが一人ずつ変わっていく展開も前回と同様ですが、トラックもラップも格段に洗練されています。

アルバムの中でも、「f.a.l a.」や「words from nutcracher」と並び、ディープなブルックリンのアンダーグラウンド感が全開のめちゃくちゃかっこいい一曲です。

元ネタは、ジェルーのパートが「ウェザー・リポート」「cucumber slumber」の曲の一番最後の箇所8:14ですが、このネタの使い方は、ジェルーの同年リリースの1stアルバム収録のシングル曲「you can’t stop the prophet」の「クルセイダーズ」「chane reaction」使いでも有名な、曲の最後の部分を使うネタ使いとかぶります。

こういうクリエイティブでアイデア満載なトラックを聴くと、ヒップホップって面白いなー、とワクワクすると同時に、その職人技に、すごいなー、と唸らされます。

声ネタは、上述の「i’m the man」の自身のパート3:35です。

リルダップのパートは、これまたすごいネタ使い、「the lost man」という1969年の映画のサントラから、「クインシー・ジョーンズ」「up against he wall」の急に曲調が変わる箇所0:35です。

プレミアは映画のサントラ使いがとても多いのですが、その傾向はこの頃から始まったようです。

ちなみにこのネタの「up against the wall」というタイトルは、リルダップがデュオ「グループホーム」として次年にリリースする1stアルバムに収録され、シングルリリースもされる曲のタイトルとしても使われます。

グールーのパートへの繋ぎで使われているSEは、「i’m the man」と同様「timecord audio sample」です。

ドラムは、ダンクラの定番でありながらブレイクビーツの定番でもある「バンバラ」「shack up」の1:44です。

声ネタは、ジェルーと同じく、上述の「i’m the man」の自身のパート1:55です。

最後のグールーのパートは、「シーザー・フレイザー」「funk it down」の冒頭、ドラムは「グラハム・セントラル・ステイション」「the jam」の5:10です。

7 Words From The Nutcracker

「speak ya clout」の続編的な曲で、「グループホーム」の片割れ「メラチ・ザ・ナットクラッカー」のソロ曲で1分強と、とても短い曲です。

曲順も「speak ya clout」と連続していて、同曲の4バース目的な位置付けの曲とも言えます。

この曲は、翌1995年にリリースされるグループホームのデビューアルバムの空気感を先取りしたような曲で、同アルバムの1曲としても全く違和感のない、グループホームのイメージそのままの曲調となっています。

ストイックでダークでアンダーグラウンドで寒々しい無機質なトラックと、朗々としたナットクラッカーのラップのコントラストが相性バツグンでめちゃめちゃかっこいいです。

寒い冬の日、吐く息が白い中ブーツの靴紐を絞めてダウンを着てブルックリンの夜の街へ繰り出したむろする、そんな光景がイメージされます。

元ネタは、「ザ・クルセイダーズ」「journey from within」の1:11の一瞬です。

このネタ使いもミニマムループの極みで、あまりに一瞬すぎて、元ネタを聴いてもはっきりはわからないほどです。

それなのにこの醸し出されるザラザラしたグルーヴ感、かっこよさに脱帽するしかありません。

それに、ドラムの大定番「マウンテン」「long red」(初期ピート・ロックが多用しています)のドラムではなく声の部分を鳴り物的に打ち込んでアクセントをつけています。

イントロの激渋でかっこいいインタールードは、「グローバー・ワシントン・ジュニア」「lock it in the pocket」の1:11です。

8 Now Your Mine

アルバムいちご機嫌でノリノリな曲です。

シンプルなのに物凄い黒々しいグルーブ感により縦ノリ必至で、たまにホーンネタが「パッパラ・パ・パ…」と間が空きツンのめるところなどもツボをついてきます。

スクラッチもキレキレでめちゃめちゃかっこいいです。

元ネタは「バディ・リッチ」「miss bessie’s cooking」の冒頭を45回転したものですが、ホーンだけでなくベースの音もしっかりと活かしてループしているところが肝で、このセンス流石だなと唸らされます。

声ネタは、擦りネタの大定番、「クール・モー・ディー」や「スプーニー・ジー」などを擁する「ザ・トレチャラス・スリー」「feel the heartbeat」の冒頭です。

9 Suckaz Needs Bodyguards

最後は12インチリリースされたこの曲です。

この時期のプレミアにしては珍しくミニマムループではなく展開のある構成で、何パターンかの上ネタを抜き差ししながら組み立てられています。

グールーのラップがいつになくテンション高く、サビも、いつもの声ネタのスクラッチだけではなく、複数人で合唱しています。

ブルックリン感満載のPVもめちゃめちゃかっこよく、伝説のレコーディングスタジオ「D&Dスタジオ」の様子が映し出されている他、ギャングスターファウンデーションの盟友「ビッグ・シュグ」、「ファット・ジョー」や「ショウ・アンド・エージー」などの「D.I.T.C」の面々、「ブラックムーン」の「イヴィル・ディー」、「ビートナッツ」の「ジュジュ」と「サイコレス」、「エム・オー・ピー」の「リル・フェイム」など、「D&Dスタジオ」にゆかりのあるそうそうたる面々がビデオ出演していて面白いです。

この頃のヒップホップのPVのトレンドとして、曲には参加してないけどPVにチラ出演するというのがよくありましたがこれもその1つです。

元ネタは不明ですが、印象深くかっこいいドラムは、「ヘッドハンターft.ポインターシスター」「god make me funky」の冒頭と「ザ・ファットバック・バンド」「put your love」の2:52です。

曲の終盤で擦られている声ネタは「ロブ・ベイス・アンド・イーズィー・ロック」のクラシック「it takes two」の2:06です。

今回は、ギャングスターの大名盤4thアルバム「hard to earn」を取り上げました。

どの曲も最高にかっこよく、もうすぐでリリースから30年が経とうとしているにも関わらず、その魅力は色褪せないどころか、そのシンプルで奥深い世界観にあらためて発見や感動があります。

これがまさに「クラシック」、後世まで遺る「文化的な遺産」と呼べるのではないでしょうか。

さて次回はプレミアが大ブレークして、ミニマムループスタイルに続くチョップ・アンド・フリップスタイルが確立され、その作風もより磨きがかかり垢抜けてきた頃にリリースされたこれまた名盤5thアルバムを取り上げます。